NSSB小説
507.【拝啓 全国の剛様】⑤美味しい話

5. 美味しい話
「共通点ですよ、榎本刑事」
僕はまたSHUNZANオフィスの社長である春山さんと今回の事件の話をしていた。2度目の爆発を許し、いよいよ3度目に全国に向けたハガキが出されてしまった事もあり、僕はひどくイライラしていた。でも今の僕をイラつかせる一番の原因は、警察に捜査を頼まれたはずの春山が、重い腰を上げないことだ。
「この3件のハガキと、2件の火災には共通点があります。
その共通点から犯人を結び付けないと、捜査は進展しません。」
僕は気の長い方だが、春山さんの何もかも分かってるような口ぶりに、さすがに少し声を荒げて言った。
「じゃあ、その共通点は何なんですか?いつになったら春山さんは動くんですか!?」
「宇多飼くん」
彼がそういうと、しばらくして社長室の扉が音もなく空いた。そこに出てきたのは、地味なジャケットを着た宇多飼さんが入っていきた。
「聞き耳はいけないな。宇多飼君。
榎本刑事、いいですか?
私が捜査をしないのは、優秀な宇多飼君が既に私の考えうる捜査をしているからですよ。
それで、どうだったんだい?」
「非常に美味しい話で賑わっているようですね。」
「なるほど。」
いかにも多言せずとも分かり合うカップルのようだ。そして世の中でたった2人だけが事件の真相に近づいているような口ぶりだった。
「美味しい話?それは何なんですか?宇多飼さん!!」
僕がそう言うと、彼は3枚のハガキを持ち出した。
「榎本刑事、今回のインクについては調べたんだろうね?
1回目の事件のインクと、2件目の事件はインクが違っていたね。
そして今回の3件目は・・・」
「勿論調べましたよ。
今回は一回目のハガキのインクと同じなんです。これがまた警察を混乱させてますからね。
つまり、1回目にハガキを送った犯人は、2回目にハガキを送った犯人の後にさらにハガキを送っているのです。もう何がしたいのやら・・・」
「いや君は既に事件解決のためのほとんどの鍵を持っている。
とりあえず言えることは、3件目の火災も私達にも警察にも止めることができない。
全てこちらの作戦が後手に回っている。止めるのは4回目だなんだ。」
春山さんは、確信めいた顔で3回目の挑戦状に対する敗北宣言を行った。
僕は全く意味が分からなかったが、とにかくこの事件の大事なポイントを教えてくれない2人の会話に腹が立っていた。
「止めてみせますよ!絶対にね」
啖呵を切った僕に、春山さんは僕にポツリと言った。
「止める事の意味を考えるんだね。」
少し彼の言った意味が、頭のどこかに引っかかった気がしたが、思い直して勢いよく扉を閉めた。その後、僕は彼らの発言にやっと意味を見出すのだが、それはまだまだ後の話になる。
今回のハッピー・ボム・レターのターゲットになったのは、お笑い芸人だった。
芸歴10年。長野県のスキーの盛んな街に生まれた彼は、高校を卒業してすぐ上京してきた。
彼の名前は上野剛28歳。彼がお笑い芸人を目指し始めたのは小学校の頃だった。
彼のいた小学校でお笑い芸人を呼んで漫才を行っていた。その芸人は、「トーク」という武器だけを使い、そこにいる全ての子供達やお客さんを笑いの渦に巻き込んでいた。それを見た当時の彼には、「人を笑わせる」事がとても素晴らしいことに思えた。その時から彼の夢は決まっていた。
それから月日は流れた。相方に恵まれず、何度もコンビを解消した彼は、ソロの芸人として売れることを目指した。しかしソロでも売れることは無く、苦しい時代を過ごしていた。そんな彼がネタに取り入れるのは、時事ネタが多かった。長野県の田舎から出てきた彼はとにかく情報を集める為に新聞や雑誌を読み漁っていた。そのため彼の強みは「その時代を切る」ネタとして、時に辛口でありながらも核心をついた、絶妙な漫談を続けていた。
そんな時だった。
「拝啓 全国の剛様」が世間に広がってマスコミを騒がしはじめた。自分の名前が「剛」である彼は、この御誂え向きのネタを使わないわけが無かった。そこで生まれた言葉が「ハッピー・ボム・レター」だ。
「ハッピー・ボム・レター」は一気にSNS上に広がり、名付け親の「上野剛」の名前は、瞬く間にマスコミに広がった。この事件がキッカケで、彼のところには取材が集まり、自称「全国の剛代表」として、テレビの情報番組にやラジオの出演が殺到した。もともと時事問題に強い彼は、水を得た魚のように飛び跳ねて、気がつくとテレビで見ない日は無いという程、人気を博していた。
そんな忙しい毎日が続く中、少しブームが落ち着き、駅から自宅までの夜道を歩いていた。11時頃ではあったが久しぶりに母親と携帯電話で話していた。
「ちゃんとご飯食べとるかね?たまには休まんといけんよ」
「大丈夫だに。おら今人気者だに。母ちゃんも東京おいないよ。」
「そんなわけにはいかんだに。父ちゃんどうするね。母ちゃんだけではひょうしが悪いでしょう」
そんな久しぶりの方言での会話をしながら、彼の住むアパートに向かっていた。目の前にある交差点を右に曲がるとそこに彼の家があるのだが、何か様子が違う。どことなくオレンジ色の光がぼんやりと明るい。お祭りのような明るさと、そして人の声。勘のいい彼は、ふと何かに引っ掛かった。
(まさか・・・)
彼は親との会話も忘れて勢いよく走り出した。交差点が近づくにつれて、光と声も強さを増し、その交差点に飛び出した。
燃えるアパートと集まる多くの人だかり。そして燃え盛るアパートに向けて、救急車が放水していた。忙しく動く消防士と、騒ぐ地元民を遠くで見つめていた彼は、その群衆からは一目見えない程、遠くで立ち尽くしていた。
そして心からの声が夜空に響いた。
「やったぞーーーー!!!」
その言葉は彼の今後の仕事に対する素直な気持ちを表していた。ハッピー・ボム・レターの名付け親であり、さらにハッピー・ボム・レターの被害者にもなれば、彼には今まで以上に取材やテレビの出演が決まるのだ。それは彼に更なるビジネスチャンスを呼び起こすに違いなかった。今すぐにでも自分に注目が集まる。そんなことを頭で素早く計算した彼は、今後の「売れる」自分に陶酔していた。
しかし、彼の思い描くようにはいかない事態が突然起こった。
すぐ後ろに何かの気配を感じた。振り返ったが誰もいない。いや、人はいないが何かの「息遣い」は確実に聞こえる。ふと視線を下に落とすと、そこにいたのはなんと犬だった。暗い中でも分かる、小麦色の綺麗な毛並みの柴犬だった。無意識にその犬に手が伸びて触れようとした瞬間だった。
目の前を白い物体が多い、その後、彼の口元を覆い尽くすようにへばりついた。その白い物体を取り除く間も無く、ふらっと意識が遠のいた。体の筋肉がなくなり骨だけになったように、膝から崩れ落ちた。その最中、目の前には犬とそして犬の前に黒い影が現れた。完全に目の前が真っ暗になる前にmその黒い影の声が聞こえてきた。
「よくやったな、ジス」
☆☆☆今日はここまで☆☆☆
とうとう起こってしまった3件目!
今回の被害者はなんと「ハッピー・ボム・レター」の名付け親!!
榎本刑事と春山の会話が気になる中、
ついに春山と宇多飼の動きが明らかに!!!
次週!いよいよ物語は最終局面を迎える!!!!