NSSB小説
493.【拝啓全国の剛様】③インクが導く第二の犯行

3.インクが導く第二の犯行
「というわけで、あんた方、探・偵のところに来たんや。」
田中刑事は手紙を広げたテーブルに手を置いて、嫌味なアクセントで春山さんを見た。とても人にものを頼む態度では無い。しかし警察が解けない謎を探偵が解いたとなると警察の面目は丸つぶれで、田中刑事の気持ちが分からないわけでもない。それを知ってか知らずか春山も田中の話を片耳で聞き、早速本題に入った。
「上層部から予め、お電話頂きましたよ。
実に興味深い事件です。つまり早急なことは、二度目の爆破を止めないといけないということですね。
そしてその手がかりは今の所この手紙だと。では・・・」
春山さんが要点をまとめた所で、田中刑事が口を挟んだ。
「そうや。おそらく今度も手紙を送った先に、2度目の爆発の可能性があるんや。
1度目に起きた爆発では、被害者の進藤剛はこの手紙を見つけたがイタズラだろうと思い、通報しんかった。そのせいで警察も止めることはできんかったんや。
また同じ犯罪を繰り返させるわけにはいかんのや。」
田中刑事が強い口調でいうと、今度は隣で犬を撫でている宇田飼さんが質問した。
「それで、警察は2回目に送られた家の捜索は始めてるのか?」
すると田中刑事が横目で宇多飼をギロリとにらみ、
「ああ、すでに始まっとる。1件目の爆破が起きたせいで、警視庁や交番に駆け込む家が相次いでのう、今都内はパニックや。その通報のある家に機捜と爆処理が今回っとる。しかし、爆破予告には日も時間も書いとらんせいで、のれんに腕押しといったところやな。
だから、犯人を上回る考えを、あんたに聞きたいんや。」
田中刑事はイライラが頂点に来たようで、じっくりハガキを見つめる春山さんに不必要な大声でいった。少し険悪なムードになりそうだったので、私が補足をして言った。
「ハガキはご覧の通り、普通の官製はがきで、都内の色々な郵便ポストより投函されています。一斉に送られた訳ではなく、日時時間を遅らせて投函しており、犯人の所在や、郵送ルートなどは不明です。犯人がどうやって剛の名前を調べたのかも、明らかになっていません。」
春山さんは私の話を聞いてるのか分から無かったが、突然机の引き出しからルーペを取り出した。そしてテーブルの二枚のハガキをじっくりと見つめていた。
「榎本くん。このハガキを見てくれ」
春山さんは僕にルーペを渡して、一枚のハガキを覗かせた。
「プリントのインクが宇多飼君のハガキと違うのが分かるだろう?」
「え?」
春山さんの言葉に一同の目がテーブルのハガキに注目した。宇多飼さん、田中刑事もハガキを見たが、随分早く田中刑事がギブアップし、その後宇多飼さんが続いた。
「うそや、こんなのに違いは無いわ!」
「俺も分からないな」
その諦めた二人の声が聞こえなくなるほど集中し、ルーペを見続けていると僕は気付いた。
「違う。」
すると春山さんはにっこりと笑顔で返した。
「その通り、2つの手紙のインクは絶対的に違う。同じ黒のプリントでも随分違うインクを使っているのは明らかだ。」
「だからどうだって言うんだ?大量にハガキを刷ってインクに違いが出たんと違うのか?」
その言葉に負け惜しみか、田中刑事は大きな声で反論した。
「違いますよ、田中刑事。インク切れとかでは無く、インクそのものが違う。おそらくこれは、タイプの違うインクなんです。」
「そう、これは染料インクと顔料インク。
染料インクは、紙に染み込みやすく、顔料のインクは紙の表面でさっと乾きます。つまり・・・」
春山さんはそういうと、また机の引き出しからスポイトを取り出した。すると(なぜかわからないが既に水の入ったスポイトから)2つ並べた警察の持ってきたハガキの1枚と宇多飼のハガキの上に、一滴ずつ水を垂らした。
「ああ、何すんねん!証拠品や!」
田中刑事が驚きと怒りの声で春山の手を掴もうとして空振りすると、田中刑事には全く興味ないという顔で春山さんはそのハガキに注目した。
「見てください、染料の方が早くインクが滲みます。」
春山の言う通り、おそらく染料と言われるインクを使っている宇多飼さんのハガキの方が早く滲み出した。おおお、と声になら無い驚きを宇多飼さんと見合わせると、田中刑事がさらに悪態をついた。
「だから、インクが違ったら何なんや?何がわかるんや?」
すると今度は宇多飼さんが横から答えた。
「違うんすよ。染料インクと、顔料インクはそもそもプリンターが違うんです。」
「何!?じゃあまさか・・・」
ようやくこの大事な意味に気付いた田中刑事に春山さんが告げた。
「そうです、一回目に送られたハガキと、2回目に送られたハガキは違うプリンター。わざわざ犯人がプリンターを変える必要なんて全く無い。
2回目にハガキをばら撒いた差出人、いや犯人は、別の人間なのです」
同じ頃だった。
32歳豊本剛は実家の茨城に帰っていた。
彼のこれまでの人生を振り返るとまさに紆余曲折で、今回の被害を加えても「忍耐の人生」としか言いようが無かった。
彼が小学生の頃、父親は病気で他界した。彼は母親に引き取られて、貧乏ながらも母と幸せに暮らしていた。
幼い頃から歌がうまく、高校時代になると卒業後の進路に悩んだ。東京へ行きミュージシャンとして活動したい、そのような夢を母に告げるのは心苦しかったが、優しい母は気持ちよく東京へ送り出してくれた。
上京した彼に待っていたのは東京での過酷な暮らしだった。アルバイトを続けながら路上ライブを3年間続けた。ようやく一つのレコード会社との契約に結び付け、一時期彼の歌も有名になった。しかし、5年もすると会社は倒産した。彼の生活はまたうねり始める。
それからまた路上ライブを再開したが、今後は泣かず飛ばずでメジャーの世界への復帰は難しくなっていた。
生活のためにと、保険の営業マンとして働き出した。もともと人柄のよく、真面目な彼は一躍正社員にも抜擢された。
彼はぼんやりと、ミュージシャンとして生きることを諦めていた。しかしその間、母にはずっとミュージシャンをしていると告げ続けていた。そして夢破れた負い目のせいで母への連絡は疎遠になっていた。そんなある時、病院から電話がかかってきた。
「母親が重い病気にかかった」という。病院に入院することになった彼は、母親が余命半年であると聞かされた。
父を亡くし、ミュージシャンとの夢も破れ、ようやく掴んだ保険マンという仕事も母の看病で手付かずとなり、そしてまた、たった一人の肉親である母をも病気で失おうとしていた。
そんな時に悪魔の回路がつながった。
母親の看病として病院に向かう茨城の電車のホームで、突然電話が鳴った。いま東京に住んでいるアパートの大家さんだ。
「豊本さん、あんたの部屋が火事だよ」
その全容を把握していない彼は、茨城のホームに一人立ち尽くしていた。
☆☆☆今日はここまで☆☆☆
謎が謎を呼ぶ事件。
ハガキのインクから犯人が違う可能性であると見切った春山であったが、
間に合わず第二の爆破がおきてしまった。
進藤剛に続いて、今度は豊本剛が。
この連続爆破の真相は!そして犯人の意図とは!?
次回「疑惑の被害者」を乞うご期待!!!