NSSB小説
486.【拝啓全国の剛様】②進藤剛の災難

2.進藤剛の災難
彼の名前は、進藤剛、45歳。
それは火曜日の午前中のこと。いつものように遅めの朝食をとり、日課であるウォーキングを兼ねた犬の散歩のため、彼は町内を回っていた。
彼の職業は金物屋の自営業で、彼の居宅と店舗が一緒になっている。いつも午後から店を開けるため、午前中はゆっくり過ごすことが多い。
彼は結婚して娘もいるが、いまは別居中だ。普段は大人しい性格の彼も、お酒を飲むと日頃の仕事へのストレスのためか、荒れることが多かった。それを理由に妻と娘はこの家を離れ、彼はここ一年ほど一人で暮らしている。
しかし実際の所をいえば、彼はこの別居を都合がいいと思っていた。
実は彼のお店は借金まみれの火の車で、もう家族を養えない所まで来ていた。普段は優しいこの男は、家族が好きだった。家族に苦しい思いをさせるくらいなら、自分から離れて幸せに暮らしてほしいと真剣に思っていた。今の自分には犬しか養えない。そうした虚しさの中、一緒に散歩する犬の顔をじっと見て言った。
「もう離婚しようか。」
彼の心の中は決まった。先ほどまでの虚しさよりも、ひんやりとした11月の風を感じながら、目に溜めた涙をこらえ、どこか清々しく足を進めた。
まさか彼の気持ちがこんな短時間で激しく動くことになるとは誰が想像しただろうか。
彼が自宅に帰ると、目の前には見たこともない光景が広がっていた。
我が家が燃えている。激しい勢いで燃える家には、周りを囲む警察とご近所さんを含む人間がいた。茫然自失で何が何だか分からないまま、フラフラと燃え盛る我が家に近づいた。
「進藤さん!ああ、無事でしたか!」
お隣さんは彼の無事を感じると少し安心したように呼び止め、警察に報告した。その報告を受けた、身長の低い刑事とひょろっとした刑事(僕)は、目の前の炎に負けないほどの犯人への正義の気持ちを燃やしていた。
幸い燃えていた火も、お隣さんまでは燃え移らず、火傷や怪我などの負傷者もおらず、昼前には鎮火した。しかし今回の火事がただの火事でないことは、私を含めた警察だけでなく、マスコミにも広がっていった。
その理由は2つある。一つは火事の前に、爆発音が周辺地域にも聞かれていたことだ。ドオンという大きな音でお隣さんが出てきて、しばらくすると窓から火の手があがり火事が発覚したという。そしてもう一つはこの家主の名前が進藤剛。あのハガキとの関連を考えないわけがなかった。
マスコミに連れて行かれる前に、上司の田中と僕は彼の手を引っ張り、燃えさかる火の外で、事情聴取した。
やはり問題のハガキは届いていた。しかし彼は日々の仕事の忙しさと、家庭内の情事に手一杯だったため、ハガキを警察に渡すこともせず軽視していた。そのハガキは残念ながら家に置いていたため、火事で燃えてしまっただろうと進藤さんは言った。
では進藤さんを恨んでいる人はいないかと、アプローチをしたが彼は特に仕事上のトラブルも無く問題は無いということだった。その時に彼の家庭内の事情について聞いたのだが、犯人の見当や動機については全く理解できなかった。
鎮火後、僕と田中は火事でほぼ全焼になった家から手がかりを探そうとしたが、書類などはほとんど残っていなかった。焼けた彼の家の自宅電話の近くには多少の燃え残ったハガキやチラシがあったので、希望を託して鑑識に回した。
とどのつまり、今回の問題のハガキによる犯人への手がかりは何も残っていないということだ。色々な心労のかかった進藤さんは、今夜は近くのホテルに宿を取り、明日からまた今後のことを考えていくそうだ。がっくりと肩を落とした進藤さんと同じく、僕たち刑事も肩を落としながら本庁に戻った。
本庁に戻ると早速何回めかの捜査会議が開かれた。
「全国の剛様爆破テロ事件捜査会議」と命名された会議室では、数十人の捜査官が席を並べ、ざわついていた。まだまだ下っ端の僕が最後尾の席を座ると、少し遅れて管理官が早足で入室してきた。
「諸君、知っての通り我々は犯人の予告のままに、爆弾を仕掛けられ爆破されてしまった。
油断の無いように言おう。犯人は我々の捜査網をかい潜るほどの我々以上のキレ者だ。幸いなことに死傷者はいないが、いずれまた犯行を繰り返さないという保証はない。
なぜなら犯行予告には「全国の剛様」と書かれている。広範囲で都内に限らず犯行を行う可能性があるので、今全都道府県に注意喚起をを行い捜査を拡大させていくつもりだ。私は今から記者会見にて警鐘を鳴らす。
その間にそれぞれの捜査方針を固めておくようにお願いしたい。」
そういうと管理官はさっと部屋を後にすると、ざわつきが刑事の間に広まり、暫くして携帯電話のテレビで生中継の記者会見の様子を見る刑事が増えた。
僕もその様子を見ていると、管理官は先ほど捜査会議でおっしゃったことを記者会見でも続けた。
捜査会議室では一際上司の田中刑事のうるさい声が響いていたが、程なくして一斉に携帯の着信音が鳴り響いた。
テレビの中の記者会見でも記者の携帯の着信音で溢れ出した。
「管理官!今また新たな爆破テロ予告のハガキが世間に出回っているそうです」
記者の一人が大きな声でいうと、その声と同時に記者会見場と捜査会議室にも大きなざわめきが響いた。
爆破から火災のあった日の午後15時に2度目の爆破予告。犯人は明らかにテロを楽しんでやがる。許せない。僕は周囲も考えず、捜査会議室の机を思い切り殴った。
すると、周囲が僕を見つめ、その中から田中が出てきた。さっきまで電話していたのか、折りたたみの携帯電話をぱちっと閉めると機嫌悪そうな顔で、僕を見つめた。
「何を大きな音出しとんねん。行くで」
「すいません。え、行くって犯人のところへ?」
「ちゃうわ。それどこやねん。いけ好かない上からの指示なんや。」
「どこですか?」
「探偵のとこや!」
そういうと僕達は車を飛ばし、彼らの元へ車を飛ばした。
☆☆☆今日はここまで☆☆☆
とうとう一回目の爆発が起きてしまった。
爆発を阻止できなかった警察をあざ笑うかのように2度目の犯行予告が、
全国の剛様の元に送られた。
そして、泣きついた先に春山の元へ。
今後の展開はどうなるのか????