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466.いい人のための教科書 ⑦[終]オカルトビジネス
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7.オカルトビジネス
パトカーのサイレンが私の家に止まった。それの意味するものは、私に勝機は1パーセントも無いということだった。この春山という男に全てを明らかにされた。私の成長は彼を凌駕することはできなかった。体全体の血液が止まった気がして、その場に倒れ込みそうになったが、なんとか踏みとどまった。どうしたらいいんだ。私の心の拠り所は一つ、ジス教の教本であり、具現化したジスそのものだった。まずこの場から逃げるんだ。
勢いよく部屋の扉へ向かって走った。全てを投げ出しての逃走。部屋の中に逃げるんだ。
すると私が逃げることを察していたのか、春山が私の手を素早く掴み、私の首に腕を回し羽交い締めしようとした。私は咄嗟にズボンのポケットに入ったナイフを抜き、思いっきり春山に向かってナイフを振り抜いた。春山は、俊敏な動きでそれを躱すと、私の手を振りほどき大きく後ずさりした。その隙に私は部屋の中に入り鍵を閉めた。これで春山は入って来れない。しかし同時に扉を強く叩く音が聞こえた。
「地部さん!ここを開けてください!!」
そして春山の声。私は部屋の中の押入れを開け、その床の板を剥がした。全ての板を剥がすと、そこに鉄で作った扉がある。その扉を開けると地下へとつながるハシゴがある。私はその3mほどあるハシゴを下りながら、ここ最近の2年のことを思い返していた。
両親が亡くなって、この地部葬祭を一人で守ってきた。それができたのは、両親同様、僕が「いい人」であることを心懸けてきたからだ。「いい人」であれば、街の信頼も保てるし、仕事が舞い込んでくる。何より遺体が私の元に転がってくるのだ。その度に私はここで、『挑戦』することができた。この真の地部葬祭で。
そう思ってハシゴから降りた私の眼の前には、大きな地下室が広がっていた。周囲は真っ暗で、普通の人は何も見えないが、私は迷いなく地下室の中央に歩み寄った。そしてポケットから出したライターで中央にあるロウソクに火をつけると辺りがぼうっと明るくなった。中央には丸いテーブルがあり、そのテーブルの上には人が仰向けに倒れていた。ご存知の通り、この地下室は以前海外で初めて見た、あの地下室を真似て作ったものだ。そして倒れている人物は、あの観光客の外人だ。私はここで人を蘇らせる『施術』を日々試している。
最初にこの施術を行ったのは、私の両親だ。海外から帰ってきた私は、大学時代に遊び呆けていて両親への恩返しが何もできていないことを悔いて、この施術を行うことを決意した。
続いて行ったのは、田中のお婆さん。彼女はいい人である私に何でも相談した。彼女の悩みは、痴呆症だった。それは、物忘れのレベルでは無く、ご主人の名前を忘れることもあれば、気づくと山で遭難することもあった。これ以上周りに迷惑を掛けることはできない、地部さん、私を殺してください。それが彼女の願いだった。
続いて来たのは、サラリーマンの石川さん。彼は末期のガンで、抗がん剤治療に苦しんでいた。死にたいと考えていたが、当時彼には婚約者がいて彼女に死に様を見せたくないといった。いい人の地部さんなら、失踪に見せかけて私を殺してくれる。しっかりと供養してくれると。
2人の遺体はまだこの地下室に眠っている。いい人の元には遺体が転がってくる。一度死んだ人間を救えるのは、私だけ。私が新たな魂を宿し、生き返らせてみせる。そのための方法も全て教本に書いてある。魂を蘇生させる人間が、いい人でない訳がない。ジス教は、いい人のための教科書なんだ。
しかし今は急いで逃げなければならない。このままでは私はただの殺人者。私が生き返らせてやるというのに!
だんだん腹が立ちながらその中央の地下室を颯爽と通り抜けると、先ほど降りてきたハシゴとは違う、別のハシゴを登った。息を切らしながらそのハシゴを登ると、また鉄板の扉に突き当たり、扉の端々からは少し光が漏れている。そう、ここは外に通じる抜け道だ。ここを開けると、少し大きく作った犬小屋の裏に通じている。ここからなら、表にいる警察の目を盗めるかもしれない。ジス、いやジス様を連れて、私は逃げるんだ。
勢いよく私は扉を開けると、ザーッという雨の音が聞こえた。さっと体を地面に滑らして、私は中腰で犬小屋の正面に回り込んだ。「さあジス様」と言ったが、そこにジス様はいなかった。ふと視線を上げると、彼がジス様の首輪のリードを持って立っていた。
「良かった、地部さん。ご無事で。」
そういうと春山は笑顔で私を見た。そこからの記憶はあまり定かではない。
−2日前。
「この男だ。」
私は警視庁のカーテンの閉まりきった一室にて、上層部の男にある写真を見せられた。写真に写った外国人は、どうやら麻薬の密売人である国際指名手配の男らしい。麻薬の売人であるこの男は、海外から日本へ逃亡して、以前海外で繋がりのあった「猿渡」という日本人の元へ向かっているという情報があった。しかしそこから警察はお手上げだったため、猿渡の住所を突き止めることと、国際指名手配の男を捕まえる捜査協力を私に依頼してきたのだ。様々なツテを使って猿渡の住所を突き止め、この小さな志帆奈町に来た。そこで今回の地部さんの犯行にぶつかったという、類まれなケースであった。
今回のスピード解決になった決め手としては、なぜ私が最初に地部葬祭に目をつけたかというところだろう。順を追って説明しよう。
まず営業車両の塗装の剥げた箇所が、車の正面部分だった。普通このような剥げ方は、正面が何かにぶつけた時にしかつかない傷だ。そして雨なのに戸締りされてない窓に、閉まったカーテン。その中に人がいて、隠れて何かを行っている可能性がある。そして建物の奥行きが広く部屋の垣根が高いのも、周囲から見られたくない何かをやっているのでは無いかと気になった。そして最も引っ掛かったのは、犬の名前。「ジス」という名前はなかなか聞いたことがない。そこで気になって調べてみると、海外のサイトでそれは引っ掛かった。
海外のホームページの中で、ジス教は「蘇生」を目標とし、海外で布教活動を行っているという。そこには教本と呼ばれるものが存在して、それを遵守することによって救われる。また特別な教祖の人間像を作ってはいけいというルールがあり、身近な生き物をジス教の神である「ジス」として崇める必要があるとも書いていた。ここまで理解できたのは、この教本がホームページだけでは無く、教本が通販サイトにも出店されてたり、更には電子書籍としても販売されていたからだ。ここまで来れば、これはもうオカルトビジネスだ。私は地部さんの家のインターホンを鳴らして、時間のある間に電子書籍を購入して、それを速読により読破していた。電子書籍だけで1万円は破格の値段ではあったが、事件に関連している可能性を考えると安いものだった。そしてもしもの場合に備えて、彼が玄関に現れる前に『遠隔操作で鳴らすことのできるパトカーのサイレン』スピーカーを玄関に取り付けておいて良かった。
状況、犬の名前、ジス教、そしてここが死と向き合う葬祭であること。
あらゆる理由から私は彼の事務所を不審に思い尋ねたところ、事件の核心にヒットしたということだ。取っ掛かりは小さかったものの、あらゆる状況が彼の犯罪を物語り、この事件のスピード解決に導いた。後で警察が地下室を調べると、「猿渡」の遺体を含めて10体ほどの遺体があったという。もともと火葬場に出さず、遺体を引き取っとそのままの棺桶に入れているものもあったりして、この凶悪事件全ての余罪を警察は追及している。ちなみに私が教本の条文を読んで彼を追い詰めることが最終手段だと思ったのは、彼の根幹であるジス教について「全てを知っている」と条文を読めば、彼の精神は崩壊してしまい自殺でもし兼ねないと恐れたからだ。推理で人を追い詰めるのは探偵のタブーであり、私としても大きな賭けであった。その時には、彼をいくらか精神的に成長させてくれた教本にほんの少しばかり感謝したものだ。
私はバス停でホットの缶コーヒーを飲みながら、志帆奈町から東京行きのバス停にいた。私の手首に巻いたリードの先には、しっかりとお座りをして待つ犬が、私と共にバスを待っていた。数時間に一本しか来ないバスに暇を持て余しながら、現場からくすねた教本の最終章に目を進めていた。
教本 99章 全ての善業を以って、その存在はジスとなり死者をも蘇生する
“We can make the dead revive.”
バスが到着すると犬は私に「ワンッ」と元気良く吠えた。バス停の近くのゴミ箱に缶コーヒーと教本を捨てて、犬と私は東京へ向けバスに乗り込んだ。
☆☆☆ここまで☆☆☆
長い間見て頂きありがとうございました!!
推理に推理を重ねた物語でしたね!!
今回のあとがきはまた来週公開しますよ( ´ ▽ ` )ノ
乞うご期待!!