NSSB小説
375.先生は私のもの② 7人の女の男

②7人の女の男
「警視庁?警察の方ですか?」
遠藤は不思議そうに答えた。
ここは、大西女子大学のとある社会学研究室。
戸棚には多くの文献と、机の上にはきっちりと整頓された生徒の論文が並べられていた。
日の当たる窓辺にポツリと一つだけ置かれた机があり、そこが彼の机だ。
遠藤彩皇はここに非常勤として通う大学の講師。
僕達が入ってきた時、彼は生徒の課題に目を通していたが、
僕達を快く迎え入れ、コーヒーまで出してくれた紳士的な男だった。
鼻筋が高く、笑いじわのある半月型の目をした男の顔は、常に自信に満ち溢れていた。
「驚かれるとお思いでしょうが、
こちらの学生の古賀恵さんがお亡くなりになりました。」
僕は、この男の反応を見ていた。
この事件をややこしくしている紙「先生は私のもの」の『先生』がこの男なら何かしら反応を見せるはずだ。
周囲の聞き込みから、古賀さんと遠藤は交際していたのは間違いない。
もし「愛情のもつれ」で彼女が邪魔になり、毒殺したのがこの男であれば、全てツジツマが合う。
犯人でない限り、今朝の事件を誰も知らない。
だから何にせよ特異な反応を見せるはずだ。
「そうですか。」
悲しい顔をした遠藤は、その一言のみ答えた。
「驚かないんですか?」
僕はすかさず確認した。驚かないということは、何か知っていると思ったからだ。
「勿論驚いていますよ。彼女は私の生徒だったから。
どうして彼女は亡くなったのですか?」
また淡々と答え質問をした。
「自殺です。そして近くにこのような紙が。」
そして私は、あの紙を見せた。
「先生は私のもの、ですか。なるほど、これで謎が解けました。」
「え?」
遠藤は微笑を浮かべ、僕の顔を見た。
「なぜ刑事さんが僕の所にきたかという理由です。榎本さんでしたね。
あなたは私が何らかの形でこの事件に関わっていると思っている。
なぜなら私と彼女が親しかったのを聞いたんでしょう。
そしてこの紙。彼女の周りの中で『先生』と呼ばれる学校の先生を探したところ、私しかいなかった。
そして私の反応をみた、といった所ですかね。」
私は全て心を見透かされたような気がした。
「彼女との関係は、かなり親しい関係だと聞きましたが?」
「はい、確かに私は彼女と付き合っていた。
しかし私は他にも付き合っている彼女が6人います。」
「え?」
いきなり突拍子もないことを言うので、驚きながら言った。
「冗談ですよね??」
遠藤は笑いながら言った。
「冗談ではないですよ。
私はこの7人と真剣に付き合っています。
そして、彼女達も私が他の女性達と付き合っていることを知っている。
私は全員を愛しているんです。」
僕は、この考えを理解できなかった。
「全員と結婚したいけど、日本では一夫多妻制は認められていないですからね。
彼女達7人と恋愛を深めて仲良く暮らすはずだったのに。
恵が無くなったのは本当に悲しい。」
とりあえずこの男が、ぶっとんでいるらしい事だけ理解できた。
遠藤は話を続けた。
「この中で、『先生は私のもの』とあれば確かに、僕の事と疑うのは無理ない。
古賀さんが僕にしつこく迫って、僕が殺した。十分にあり得る線ですね。
でもこの文章のみで自殺を他殺と疑うのは、少し飛躍した考えに思います。見方によれば、遺書にも見える。他に何か他殺と疑う要因があるんですか?」
正直、他の要因は全て自殺を指していた。密室で外部からの形跡は無かった。
かつて水商売をしていた古賀は顔も広く、知り合いに頼んで青酸化合物の入手もできるかもしれない。
上司の岡野に止められたように、この事件にこれ以上首をつっこむのは
やめておけば良かったと思った。確かに私の早とちりはあったし、とにかくこの男は何かやばい気がした。
「いえ、そこまでの考えはありません。ただの報告です。お気を悪くされないように。では失礼いたします。」
私が研究室を出ようとした時、声がかかった。
「えー、すいません。いつもこちらの研究室にいらっしゃるんですか?」
私の前に、大きく細い黒い壁がスッと現れた。
忘れていた。
今日は捜査協力として、ある探偵と一緒に同行している。
「ええ。しかし非常勤の講師なので、毎日ではありません。どちら様でしょうか?」
「始めまして春山と申します。」
春山は遠藤に歩み寄り、握手を求めると、遠藤は快く応じた。
そして遠藤を椅子に座らせて、自分は遠藤の斜め前にある椅子に座った。
「趣味はテニスですか。それもかなり長年やられていますね。」
春山が遠藤に言い放つと、遠藤は驚いて春山を見た。
「小指にタコがありました。
ラケットを持つ時に、グリップエンドが当たる小指部分で、しかもそのタコが何年もかかって形成されたように硬くなっている。ちなみにラケットを使う競技ではバトミントンもありますが、手首にテーピングを巻いた日焼けの跡がくっきりと残っている。つまり屋外でのテニス。違いますか?」
春山は手を広げて見せて、愛嬌良く話した。
僕と遠藤は驚いたが、遠藤はすぐに笑顔を取り戻した。
「正解です。もう15年は続いています。
あなたは探偵さんですね?
顔立ちから、頭が良く、そして繊細さを表している。」
今度は遠藤が話し始めた。
「心理学的に、話すときに手のヒラを見せるのは、開放的で相手に親しみがある時です。
しかしあなたは意図的に
相手との会話から情報を聞き出すために行っていますね。
本当の所、親しみのある会話自体はあなたは、得意ではない。
組んでいる足は、ややドアの方に向いている。これは早く話を終わらせて立ち去りたいためです。
恐らく私との会話は情報交換くらいにしか思っていないでしょう。
また先ほどのテニスの推理から、何事にも客観的事実に即して考える思考型タイプ。ユングの類型論では、思考型タイプは失敗や罪を厳しく咎めがちだ。
犯罪者を決して許さない、刑事か探偵だが、そこまで立派にヒゲを伸ばされては、まず刑事はないでしょう。」
遠藤も涼しい顔で自分の論理を展開した。春山は笑顔を崩さなかった。
そして春山の怒涛の尋問が始まった。
「その通り。
では昨夜は何をしていましたか?」
「ずっと家で本を読んでいました。」
「本のタイトルは?」
「群集心理という本です。」
「あなたが家にいたことを証明する人は?」
「一人暮らしなのでいませんね」
「つまりアリバイはない。」
「そうなりますね。」
両者の会話のテンポは非常に速く、ついていくのがやっとだった。
はっと思い出して、春山に耳打ちをした。
「ちょっと春山さん尋問はまずいですよ。」
春山は目線を遠藤に向けたまま外さなかった。
「私は構いませんよ。
何なりとお聞きください。」
遠藤は笑顔で答えた。
ピリリリリリリリ・・・・
僕の携帯がけたたましく鳴った。
「鳴っていますよ、榎本刑事」
春山が言った。
「ったく・・・」
僕は携帯を取ると春山は尋問を続けた。
「あなたは7人の女性と付き合っているという話ですが。」
「ええ、事実です。」
「大変でしょう?」
「いいえ。」
「ではその愛している恋人7人の名前も全て言えますね?」
「ええ、勿論。」
僕の電話は岡野警部からだった。2人の男の掛け合いが魅力的だったので、電話の内容は、あまり入ってこなかった。どうやら事件らしい。
「今全員の名前をいうのですか?」
遠藤が春山に聞いた。
「はい、是非。」
春山の笑顔に、遠藤は微笑しながらため息をついた。
「亡くなった古賀恵、阿部美玲」
「おい!榎本!!聞いてんのか?」岡野の声が受話器内に鳴り響く。
「あ、はい!聞いています!」
「香川夏実・・・」
「今回もまた例の紙が置かれているぞ!」
「え?」岡野の言葉に引っかかる。
「大久保彩香・・・」
「だから例の紙だよ!今回も自殺みたいだ。」
「例の紙ってまさか。」
「松田詠子・・・」
春山は目線を宙に向け、聞いていた。
「そうだ、『先生は私のものだよ』!くだらん紙を置きやがって」
岡野がかんしゃくを起こしながら言う。
「それで遺体の身元は、どうなんですか?」
「佐藤千穂・・・」
「また女子大生みたいだ!斉華大学の1年生、名前は・・・」
「名前は」胸の鼓動を抑え、両者の声に耳を傾けた。
「内田友美。」
「内田友美だ!」
遠藤の声と、携帯電話から聴こえてくる声がシンクロして同じ女性の名前が僕の頭の中に響いた。
「何だって?内田友美だ?遠藤先生!今内田友美といったのですか?」
携帯を耳から話して遠藤に聞いた。
「はい、そうですが。」
「榎本刑事どうしました?」
春山が僕に聞く。
「今上司の岡野警部から連絡があって、斉華大学の内田友美が亡くなったそうです。そしてまた、例の紙が遺体の側に。」
皆が驚きを欠かせなかった。
「なるほど。」春山が一言つぶやいた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
今日はここまで!!
また新たな事件が!
しかもまた遠藤の彼女だ!
というか7人の女と同時に付き合っていた遠藤とはなに者か??
次回は春山&遠藤の共同捜査、内田友美編。
どうぞ来週またお楽しみくださいませ*\(^o^)/*