NSSB小説
272.宇多飼さん⑤
5.宇多飼と伊部貸
何もかも悟ったような春山は、
退出するように出口を指さした。
この児童センターでは、
ほんの30分の調査だった。
しかし今回の事件の全容が、私にもだいたい見えたような気がした。
「申し訳ございません。奥様。
お子さんをお迎えに行く時間になりました。
一度帰って旦那様と話あって頂き、私どもの物件も検討宜しくお願いします」
不動産会社風の春山は山之内に告げ、その場を退散した。
センター長はアッサリと泣き止んだ山之内に呆然としていた。
児童センターを出た我々一同は、各々の仕事に満足し、黒のスポーツカーに乗り込もうとした。
気づいたのは私だった。
何か車の様子が、おかしい。車体?音?匂い?
違う。春山のコートが違う・・・。
そう、几帳面な私は車に降りる前に無造作に脱いだコートを、
軽くたたんで助手席にかけた。
はずだ。
そのコートの位置が微妙にずれていた。
「おい、何かおかしいぞ。そのコートは、」
春山の顔が変わった。
「伏せろ!!!!」

けたたましい爆音と共に、車が爆発した。
爆風が3人の体を吹き飛ばした。
一瞬何が起きたか分からなかったが、条件反射で小柄な山之内は守る事ができた。
自分と山之内に大きな怪我はない。振り向くと春山が車の近くで倒れていた。
無我夢中で駆け寄ると、足に大きな怪我をしているようだった。
2次火災が起きる前に春山を肩にかけて、安全な場所に連れて行った。
「すぐに救急車を!」
それから10分後に救急車、消防車が到着した。春山は無言のまま救急車で運ばれた。
間違いなく仕組まれた爆弾だ。ただのイタズラだろうか?
それとも真相に近づいた我々の口封じか。
怒りに満ちた私に山之内が一言だけ耳打ちした。
「まさか、そんな。」
衝撃的な伝言が春山からあった。
途端に携帯が鳴った。
黒田警部だった。
「今夜いつものバーで会おう。」
自動車爆発から数時間後の夜10時。うたがいはバーに入った。
宇多飼が刑事の頃よく使っていたバーで、当時黒田班の溜まり場となっていた。
刑事を辞めてからこのバーに来る事は避けていたが、店内は昔と変わらない雰囲気だった。
オレンジの白熱電球は間接照明で店内は薄暗く、おあつらえ向きのBGMが店内に流れていた。
バーテンの親父は相変わらず長く伸びたモミあげと口ひげで、
細い目で店内に入った冷ややかに私を見た。
かつての上司黒田警部は時間に厳しく、大きな拳を両手に強く握りカウンターに座っていた。

「すいません、遅れました。」
「いや。それより自動車事故で春山が巻き込まれたというのは本当か?」
「え、ええ。本当です。」
「それでどこまでお前たちは掴んだんだ?」
いつもの厳しい口調に端的な質問。しかし私には聞きたいことがあった。
「黒田警部、春山とは一体どういう人物なのでしょうか?
彼はなぜ私と捜査をしようとするかが分かりません。」
黒田警部は一旦顔を沈め、ゆっくりと話し出した。
「奴は元刑事だ。
ある重要な任務を与えられたが、思い込みによる捜査でミスをした。
その後春山は辞職。
それから一時期探偵のようなことをしていたが、姿をくらまし、突然漫画家を名乗り出した。」
春山の推理力に納得の経歴と、それと同時に胸がキリキリと痛む言葉。
「思い込みによる捜査ミス・・・ですか。」
「そう、お前と一緒だな」
暗く押し込んだはずの引き出しが開けられ、動悸がしてきた。
忘れかけていたあの忌まわしい思い出がフラッシュバックし、気を失いそうになる。
黒田が差し出したブランデーを口に含み、正気を取り戻した。
「嫌なことを思い出させてしまったな。
何となく似ている。春山がお前に目をかける理由は、それだろう。」
人は誰しも蒸し返したくない思い出を持っている。大きな闇と戦い、負けることだって十分にある。
私は二度と思い出したくないために刑事をやめた。しかし。
「黒田警部、私は今でも私の捜査が間違っていたとは思っていません。
ただ大きな代償を、償いきれない大きな犠牲を、伊部貸のやつにかけてしまった。
春山の捜査ミスがどんなものかは知りませんが、おれはあいつとは違い、正当な捜査をしたんだ。」
刑事時代には一度もしたことは無かったが、黒田を睨みつけた。
伊部貸 泰(いぶかし やすし)。元捜査一課の刑事で殉職した男だ。
黒田はゆっくり宙へと視線を逸らし、珍しく穏やかに話し始めた。
「その通りだ。お前の正義を責めちゃいない。
当時お前と伊部貸のコンビは間違いなく捜査一課でも群を抜いていたし、捜査にも間違いはなかった。
しかしまだ2人とも若かった。
今回の通り魔事件の裏に隠された闇。張り込み中のお前たちは、首謀者の幹部を発見。
そして追い詰める所までは良かった。
だが丸腰だったはずの幹部は、逃げたバーに銃を隠し持っていた。
焦った幹部は銃を乱射。

そして伊部貸と銃の撃ち合いにより、双方死亡。
生き残ったお前は、責任を感じて辞職。
お前はどこか、自分の捜査に勇み足があったことを認めたからこそ、
辞職したんじゃないのか?」
冷静さを取り戻している私は、黒田警部の話を聞いて過去を見つめ直していた。
「結果的に一つ年下の伊部貸を死なせてしまった。それは間違いないですからね。」
「そんなお前がまた、刑事を辞めて春山と捜査しているのには驚いたぞ。」
「まだ真実を知らずに捜査を辞める事はできません。伊部貸のためにも。」
「そうか」
黒田の細い目がまた険しいものとなった。
「それで、どこまで掴んだんだ?」
そこから私達は、小一時間ほど話した。
春山の推理の解釈、
そして春山と「児童センターあずさい」で掴んだ事、
もう核心に近づいている事、など情報を提供した。
夜中の1時。コンビニ強盗殺人事件のあった裏手の公園で、
一人の大柄の男は立っていた。
黒田警部だ。
あたりは静まり返り、時折車の通行はあるものの、すぐに静寂を取り戻した。
そこに一人の人影が見えた。
それは少しずつ大きくなり、歩き方から女性であることが分かった。
どことなく覚悟を決めた足取りで、まっすぐに黒田警部の前に現れた。
「夜分及び立てて、申し訳ございません。
今回のコンビニ強盗の犯人が分かりました。
それはあなたですね、
コンビニ店 店長 金田昌美さん。」
店長の金田はゆっくりと視線を落とした。
(今日はここまで!残り2回!
次回「6.真犯人」をお楽しみに
この物語はフィクションです)
何もかも悟ったような春山は、
退出するように出口を指さした。
この児童センターでは、
ほんの30分の調査だった。
しかし今回の事件の全容が、私にもだいたい見えたような気がした。
「申し訳ございません。奥様。
お子さんをお迎えに行く時間になりました。
一度帰って旦那様と話あって頂き、私どもの物件も検討宜しくお願いします」
不動産会社風の春山は山之内に告げ、その場を退散した。
センター長はアッサリと泣き止んだ山之内に呆然としていた。
児童センターを出た我々一同は、各々の仕事に満足し、黒のスポーツカーに乗り込もうとした。
気づいたのは私だった。
何か車の様子が、おかしい。車体?音?匂い?
違う。春山のコートが違う・・・。
そう、几帳面な私は車に降りる前に無造作に脱いだコートを、
軽くたたんで助手席にかけた。
はずだ。
そのコートの位置が微妙にずれていた。
「おい、何かおかしいぞ。そのコートは、」
春山の顔が変わった。
「伏せろ!!!!」

けたたましい爆音と共に、車が爆発した。
爆風が3人の体を吹き飛ばした。
一瞬何が起きたか分からなかったが、条件反射で小柄な山之内は守る事ができた。
自分と山之内に大きな怪我はない。振り向くと春山が車の近くで倒れていた。
無我夢中で駆け寄ると、足に大きな怪我をしているようだった。
2次火災が起きる前に春山を肩にかけて、安全な場所に連れて行った。
「すぐに救急車を!」
それから10分後に救急車、消防車が到着した。春山は無言のまま救急車で運ばれた。
間違いなく仕組まれた爆弾だ。ただのイタズラだろうか?
それとも真相に近づいた我々の口封じか。
怒りに満ちた私に山之内が一言だけ耳打ちした。
「まさか、そんな。」
衝撃的な伝言が春山からあった。
途端に携帯が鳴った。
黒田警部だった。
「今夜いつものバーで会おう。」
自動車爆発から数時間後の夜10時。うたがいはバーに入った。
宇多飼が刑事の頃よく使っていたバーで、当時黒田班の溜まり場となっていた。
刑事を辞めてからこのバーに来る事は避けていたが、店内は昔と変わらない雰囲気だった。
オレンジの白熱電球は間接照明で店内は薄暗く、おあつらえ向きのBGMが店内に流れていた。
バーテンの親父は相変わらず長く伸びたモミあげと口ひげで、
細い目で店内に入った冷ややかに私を見た。
かつての上司黒田警部は時間に厳しく、大きな拳を両手に強く握りカウンターに座っていた。

「すいません、遅れました。」
「いや。それより自動車事故で春山が巻き込まれたというのは本当か?」
「え、ええ。本当です。」
「それでどこまでお前たちは掴んだんだ?」
いつもの厳しい口調に端的な質問。しかし私には聞きたいことがあった。
「黒田警部、春山とは一体どういう人物なのでしょうか?
彼はなぜ私と捜査をしようとするかが分かりません。」
黒田警部は一旦顔を沈め、ゆっくりと話し出した。
「奴は元刑事だ。
ある重要な任務を与えられたが、思い込みによる捜査でミスをした。
その後春山は辞職。
それから一時期探偵のようなことをしていたが、姿をくらまし、突然漫画家を名乗り出した。」
春山の推理力に納得の経歴と、それと同時に胸がキリキリと痛む言葉。
「思い込みによる捜査ミス・・・ですか。」
「そう、お前と一緒だな」
暗く押し込んだはずの引き出しが開けられ、動悸がしてきた。
忘れかけていたあの忌まわしい思い出がフラッシュバックし、気を失いそうになる。
黒田が差し出したブランデーを口に含み、正気を取り戻した。
「嫌なことを思い出させてしまったな。
何となく似ている。春山がお前に目をかける理由は、それだろう。」
人は誰しも蒸し返したくない思い出を持っている。大きな闇と戦い、負けることだって十分にある。
私は二度と思い出したくないために刑事をやめた。しかし。
「黒田警部、私は今でも私の捜査が間違っていたとは思っていません。
ただ大きな代償を、償いきれない大きな犠牲を、伊部貸のやつにかけてしまった。
春山の捜査ミスがどんなものかは知りませんが、おれはあいつとは違い、正当な捜査をしたんだ。」
刑事時代には一度もしたことは無かったが、黒田を睨みつけた。
伊部貸 泰(いぶかし やすし)。元捜査一課の刑事で殉職した男だ。
黒田はゆっくり宙へと視線を逸らし、珍しく穏やかに話し始めた。
「その通りだ。お前の正義を責めちゃいない。
当時お前と伊部貸のコンビは間違いなく捜査一課でも群を抜いていたし、捜査にも間違いはなかった。
しかしまだ2人とも若かった。
今回の通り魔事件の裏に隠された闇。張り込み中のお前たちは、首謀者の幹部を発見。
そして追い詰める所までは良かった。
だが丸腰だったはずの幹部は、逃げたバーに銃を隠し持っていた。
焦った幹部は銃を乱射。

そして伊部貸と銃の撃ち合いにより、双方死亡。
生き残ったお前は、責任を感じて辞職。
お前はどこか、自分の捜査に勇み足があったことを認めたからこそ、
辞職したんじゃないのか?」
冷静さを取り戻している私は、黒田警部の話を聞いて過去を見つめ直していた。
「結果的に一つ年下の伊部貸を死なせてしまった。それは間違いないですからね。」
「そんなお前がまた、刑事を辞めて春山と捜査しているのには驚いたぞ。」
「まだ真実を知らずに捜査を辞める事はできません。伊部貸のためにも。」
「そうか」
黒田の細い目がまた険しいものとなった。
「それで、どこまで掴んだんだ?」
そこから私達は、小一時間ほど話した。
春山の推理の解釈、
そして春山と「児童センターあずさい」で掴んだ事、
もう核心に近づいている事、など情報を提供した。
夜中の1時。コンビニ強盗殺人事件のあった裏手の公園で、
一人の大柄の男は立っていた。
黒田警部だ。
あたりは静まり返り、時折車の通行はあるものの、すぐに静寂を取り戻した。
そこに一人の人影が見えた。
それは少しずつ大きくなり、歩き方から女性であることが分かった。
どことなく覚悟を決めた足取りで、まっすぐに黒田警部の前に現れた。
「夜分及び立てて、申し訳ございません。
今回のコンビニ強盗の犯人が分かりました。
それはあなたですね、
コンビニ店 店長 金田昌美さん。」
店長の金田はゆっくりと視線を落とした。
(今日はここまで!残り2回!
次回「6.真犯人」をお楽しみに
この物語はフィクションです)