NSSB小説
258.宇多飼さん③

3. 宇多飼の推理
私は都内の大きなビルの前に立っていた。おそらく20階はある。
このビルの最上階が、春山のオフィスだ。
受付嬢は明るい笑顔で対応し、春山に内線をかけてくれた。
春山からの2つ返事で私はエレベータに案内された。
エレベータに登る私は、これから春山と戦う前に、自らの推理を組み立てていた。
ポーン
着いたらしい。汗握る手でオフィスの扉を開いた。
広く、そして、白い。
清潔感と気品を持ったオフィス内に、高い天井から眩しげな光が差し込む。
部屋の隅には観葉植物が置かれる。
「春山社長ですね?」
視線を正面に戻すと、そこには細身の女性が立っていた。
少し胸元の開いたサックスのYシャツに、細い金色の腕時計。そして黒のタイトなスカートは膝上で、黒のヒールはどこかのブランドらしい高級感が漂っていた。

「警察の方ですか?何のお仕事をされてるんですか?」
視線を女性の顔に戻すと、この女性の大きく真っ黒な目。さらにその上に少し黒い淵の眼鏡をかけ、白い肌と薄いピンクの唇に注目した。きっちり分けられた前髪に金髪混じりの茶髪をなびかせている。息を飲み、一瞬ここに来た目的を忘れかけた。
「あ、いや。俺は春山にここに呼ばれて。仕事は特に今は。」
その瞬間、女性の眉がピクリと動いたのを見逃さなかった。すぐに背を向けた女性の右手の方向に社長室が見えた。
「あちらへどうぞ。」
すたすた歩く女性の後ろを、ふわっといい匂いを追いかけて歩いた。細い彼女の背中にクギ付けで、社長室や周りの景色は見えなかった。
「社長、お客様がお見えになりましたが。」
「ありがとう、どうぞ中へ」
春山の声だ。
「では私は失礼します。」
「あ、はい。」
私に目も合わせずに戻る彼女の背中に、何か冷たい風が身体の中を通り抜けた様に悲しい気持ちになった。
と同時にオフィス内を冷静に見ることができた。
先ほどの女性の他にも、美しい女性達が机に座っている。
それぞれタイプの違う顔つきだが、魅力的な女性達が机に向かい作業している。
机には、綺麗に並べられた書類とペン立て、トレス台やPC。
どうやらここが漫画家の事務所である事は間違いないらしい。
「どうしました。どうぞ中へ。」
その声で我に帰り、自分の顔つきが変わったことが分かった。
ガチャ。
そこに春山は私に背を向けて、窓を見ながら立っていた。窓にはオフィスビルを見下ろせる、幾何学的な眺めが広がっていた。
「では、宇多飼君。君の推理を聞こうか。ところで綺麗な女性達だろう。魅力的な女性は、男と会社には必要不可欠だからね。
さあ、4つの謎が解けたんだろう。」
鼻で笑った私は、推理を始めた。
「まずは、第1の謎。「犯人が顔見知り」であると指摘した点。
普通の強盗は、レジを破壊、金を物色。そして被害者に目撃され、殺人、逃走。これが一般的な強盗殺人犯の流れだが。
今回の犯人は手際が良すぎる。そして現場が綺麗すぎるんだ。
レジが破壊されて、俺がトイレから店内に出るまで、15秒もかからなかった。15秒以内に犯人は、強奪、殺人、逃走をしたことになる。
そしてレジ周辺だが、レジの機械以外は散らかった様子は無かった。犯人がレジの破壊、目撃、殺人、逃亡したのであれば、もっと現場は荒れていてもおかしくないはずだ。」
「つまり?」
「つまり、犯行は逆の手順で行われたんだ。
今回の手順は、強奪、殺人、レジの破壊、そして逃亡だ。盗んだ後に、最後にレジを破壊したんだ。これは犯行を単独犯と見せるために行った。
そう、被害者の大谷と犯人は、『共犯』だったんだよ。
そして恐らく犯人は、この強盗で大谷を殺す計画を立てていたんだろう。
そうすれば全てツジツマが合う。つまり犯人と大谷の行動はこうだ。
夜中1時半、大谷は店内に人がいなくなるのを確認して、犯人と連絡を取る。
それにより犯人は店内に入り、金を物色。
その間犯人は大谷に見張りを立てていたのだろう。そして金品を取ったあと、恐らく犯人は当初の目的であった大谷の殺害を行った。その後、強盗殺人に見せるためレジを破壊し、逃亡したのだ。
これが第1の謎「犯人が顔見知り」ということだ。
そして第2の謎「被害者のポケットを調べろ」といった理由は、
大谷が見張りの際に、万が一に備えて、何か「凶器」を持っていると推理したからだ。
まだポケットの中は見ていないが、多分中には、ナイフ、スタンガン、もしくは拳銃などの凶器が入っていたのかもしれない。
そして第3の謎、「連続強盗殺人の犯人と違う」という点。
現在起きている連続強盗殺人の手口には、傷が2つある。
これは、今回の犯行にもあった首を横一文字に切った所、そして別の箇所への刺し傷。
つまり別の箇所に刺した後、ひるんだ隙に首を切らないと、あんなに横一文字に切ることはできない。
しかし、今回の傷は首への一文字のみ。つまりいきなり首から切り掛かったんだ。手口がそもそも違う。
この手の犯罪者は、犯行の手口を統一しようとする。
そして第4の謎、「犯人は女」。
さっきも言ったが切り傷は首の一箇所のみ。
そう犯人は、大谷の直径1m以内。もしくは密着しての犯行。つまり、大谷の「フトコロに入り込む」ことのできる人物ということになる。
それができるのは、「大谷の女」である可能性がある。ということだ。」
ほとんど息を切らず、淡々とした私の推理の後に、彼の笑い声が聞こえた。
「フフフ・・・。
その通りだ。さすがだな、宇多飼君。では犯人は・・・」
「そして第5の謎。『あんたは何者だ。』
なぜ警察と繋がりがある?
なぜ警察は、あんたの言う通り捜査している?
なぜあんたはあの現場にいた?
そして何より、なぜ俺の名前を知ってるんだ?
俺はあの時フルネームを名乗った覚えはないぞ。」
また春山の笑い声が聞こえた後。春山はやっと、私を見るために振り返った。
その時私は一瞬、魔王にでもあったような驚いた顔をしていただろう。
なぜなら春山の笑顔が、窓から漏れた逆光であまりにも不気味に感じたからだ。
